ペンシルストライプのバンドカラーシャツ

シャツを 1 着作った。

自分で着るために縫ったものだが、せっかくなので作った本人が解説してみることにした。

なぜ自分で語るのか

自分のために服を作って、自分でその服について説明している人って、意外と少ない。 別に深い理由があるわけではないが、面白そうだからやってみる。

(無駄)を削ぎ落としたシャツ

シャツの正面写真
シャツの正面

シャツの背面写真
シャツの後ろ姿

シャツの正面写真(ボタンを付けたバージョン)
ボタンを留めるとこうなる

今回作ったのは、見た目にはとてもシンプルなシャツである。

省略したディテール

  • ポケット
  • ダーツ
  • 肩縫い(前ヨーク)
  • 剣ボロのボタン

「Simple is best」とはよく言うが、実際に作ってみると奥が深い。 何を残して何を捨てるかの判断が、想像以上に難しい。

僕が見出しで「無駄」と括弧付きで書いたのは、そういう曖昧さを表現したかったからである。 何をもって無駄と断じるかは、結局のところ主観的な話だ。 このシャツも何度もパターンを引き直して、ようやく納得のいくバランスに辿り着いた。

シワという必然

多くの日本人は、シワのある服を嫌う傾向がある。 しかし人間の身体は曲線の集合体であり、直線的な部分など存在しない。 立体的に着用されることを前提とした服が、ハンガーにかけられた状態でシワだらけになるのは、むしろ当然の帰結である。

イタリアの職人が手縫いで仕立てたシャツは、吊るした状態では見事なシワが刻まれている。 それを人間が着ると、不思議なことにシワに生命が宿ったような動きを見せる。

シャツという衣服は、洋服の中でも 1、2 を争うほど奥深い存在だと思う。 1 枚で着るかジャケットの下に着るかで、求められる性質も変わってくる。

見えない部分のこだわり

ボタンが見えない比翼仕立て

比翼の断面

見返し付きの比翼仕立ては、普通のシャツとは異なる縫製手順を要求する。 一般的なシャツなら裾まで一直線だが、クラシカルな印象を狙って前端を丸くカットしたため、比翼を途中で終わらせる必要があった。

ボタンホール幅を考慮した最細の比翼幅に設定してある。 最下段のボタンホールだけは横向きだ。 横の動きにゆとりを生み、ボタンのかけ違いを防ぐ効果もある。

鳥足がけという遊び心

鳥足がけのシャツボタンつけ

シャツのボタン付けといえば、クロス(×)か二の(Ⅱ)が一般的である。 エルメスの一部商品では H に見えるように糸をかけているが、今回は鳥足がけ(イタリア語でザンパディガッリーナ)を採用した。

イタリア製のハンドメイドシャツによく見られる手法で、ボタンの中心を意図的にずらすことで片側を浮かせ、掛け外しを楽にする効果がある。 特に厚手のボタンでは威力を発揮する。

この手法が一般化しないのは、専用ミシンが存在せず手縫いでしか実現できないからだろう。 意外と簡単なので、機会があれば試してみると面白い。

このシャツには全て白蝶貝のボタンを使用した。 箇所によって厚みを変えており、フロントボタンは比翼の厚みを抑えるため 1.8mm で統一している。

カラーとカフスの設計思想

すっきりとしたバンドカラー

バンドカラー

前中心の衿の高さは 2cm、後ろ中心は 2.5cm で緩やかなカーブを描くようにカットした。 かなり細めの部類に入るだろう。

ここ数年で急速に普及したバンドカラー(スタンドカラー)だが、元々は労働者のシャツとして使われていただけあって、カジュアルな印象も併せ持つ。

僕の中でバンドカラーシャツといえば、古畑任三郎が思い浮かぶ。 黒を中心に様々な色柄を着こなしていて、思えば流行を先取りしていたのかもしれない。

極厚ボタンのカフス

白蝶貝のボタンの断面

カフスの形状はラウンドカットである。 角に丸みをつけることで見た目の印象が柔らかくなり、引っかかりにくく実用的でもある。

握手やコーヒーを飲む動作など、カフスのボタンは意外と人目につく部分だ。 そこで貝ボタンの最高級品として知られる白蝶貝、しかも市場にほとんど出回らない 4mm 厚の極厚品を採用した。

写真を見れば分かる通り、圧倒的な存在感を放っている。

ギャザーの分量

ギャザー多めのカフス

カフス幅は 70mm、ギャザーも 70mm 分で調整した。 色々試した結果、このバランスが最も優れていると判断した(デザインにもよるが)。

ギャザーは分量が多くなるほど扱いが困難になる。 1 針ずつ細かく手縫いで、できるだけ均等に寄せていくのが腕の見せどころである。

とはいえ僕は機械ではないので、多少の誤差は避けられない。 それを逆手に取り、仕上がりが微妙にアシンメトリーになるよう心がけている。

ボタンレスの剣ボロ

ボタンのない剣ボロ

通常、剣ボロの中間には一回り小さいボタン(ガントレットボタン)が付く。 しかし十分なギャザーでゆとりを確保できると判断し、そのボタンを廃した。

それに伴い、剣ボロ自体の長さも短めの 90mm に抑えた。 手の大きい僕でも問題なく通せるので、大抵の人は大丈夫だろう。

立体化の技術

ふんわりとした袖付け

ふんわりとした袖付け

袖のいせ分量は 34mm と十分な量を確保した。 適度ないせを入れることで袖山を高く設定しても、生地にゆとりが生まれ運動性能が向上する。

一般的なシャツは低い袖山で運動性を確保するが、袖山は高い方がドレッシーで格好良い。

脇を縫う前に袖と身頃を接合する法がカジュアルシャツでは主流(縫いやすく効率的)だが、この袖はいせ込みながらふんわりと仕上げるため、身頃完成後に袖付けを行った。

前振りの袖付け

また、袖下を 20mm 前振りになるようずらしてある。 人間は日常動作で腕を前に出すことが多いため、その方が機能的である。

肩線のないヨーク

たっぷりギャザーのヨーク

ヨークには 60mm のギャザーをたっぷりと入れた。 よく見るとヨーク中心に接ぎ目があり、スプリットヨークのように見えるが、これは前身頃から続いたものである。 なのでこれをヨークと呼んで良いのかは微妙だ(前身頃の一部?)。

肩線をなくすことは縫製の手間が省けるだけでなく、様々な利点がある。 縫い目が肩に当たらずストレスフリーで、軽い着心地を実現できる。

さらにギャザー部分は生地がバイアス(斜め)になっているため伸縮性があり、前傾時に身体の動きと服が一体化する。 デメリットは生地を多く使うことくらいだ。

裏ヨークのない設計

ギャザーが入ったヨークの裏側
裏側から見たヨーク

一般的なシャツのヨークは表裏 2 枚構成だが、このシャツのヨークは 1 枚のみで裏ヨークはない。 軽さを優先させた判断である。

ギャザーの縫い代は折伏せ縫いで 5mm 幅に抑えた。 ギャザーの折伏せ縫いは難しく、あまり用いられない手法だ。 裏の仕様なので表からは分からないが、どう処理するか考えるのは面白い。

独自の脇処理とヘム

名前のない脇処理

脇の縫い代処理

脇の処理には様々な手法がある。 ガゼットを使ったり、スリットを入れたりなど。 このシャツではちょっと珍しい脇の縫い代処理を施した。

後ろ身頃を跳ね上げ

以前ネットで見つけたヴィンテージ品を思い出しながら再現したので、正式な名称は不明である。しかしたら形状も違ったかもしれない。

この仕立て方のメリット

  • 可動域が広い
  • 座る時に突っ張らない(ベンツのように)
  • 前裾だけパンツに入れるといった着方が楽しめる

シャツの脇

ガゼットは生地に厚みが出てしまい、個人的に好みではない。 生地を 2 枚重ねて返し縫いを駆使することで、ガゼットを使わずとも十分な耐久性を実現した。

そもそも現代の縫製技術なら、脇が裂けることを心配する必要もないのかもしれないが。

細く強いヘムライン

細めの裾処理

裾は 4mm の 3 つ折りで仕上げた。 曲線が多いデザインなので、必然的に裾処理は細くする必要があった。 太く仕上げる場合は別布で切り替える手法もある。

また、折るたびにミシンをかけて裾を固定している。 面倒だが、その方が縫いやすい。 もう 1 つの理由として、裾にある程度の硬さを持たせることができる(立体感が出る)。

ミシンを何回もかけると、それだけ生地に硬さが生まれる。 ワーク系ウェアの衿腰などがその例だ。 もちろん素材による見極めは大事だが、選択肢の 1 つとして有効だと思う。

素材へのこだわり

生地は英国王室御用達ブランドの 1 つとして知られる DAKS のオーダーメイド用素材を使用した。 薄すぎず厚すぎずの絶妙な質感で、オールシーズン着用可能である。

シャツの縫製では 3cm の幅に 16 針が一般的だが、このシャツは最も細かい箇所で 3cm に 33 針で縫製してある。 場所により感覚的に幅を変えているので、全体を通して微妙な変化がある。

さいごに

このシャツは試行錯誤の中で生まれた 1 つの答えに過ぎない。 しかし、ものづくりの魅力は必ずしも完璧を目指すことではなく、その過程で自分自身と向き合い、新しい発見を楽しむことにあるのだと改めて感じた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます

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